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シャネルの追憶
- 2007/06/15(Fri) -

Earring
父からの贈り物Unauthorized use of this photo is prohibited by law.



シャネル・ファンの数はきっと万国共通で、他のコスメブランドが足元にも及ばないぐらいの数程いるのだろうと思わせるエピソードがあまりにも多い。
世界各国のブロガーさん達が書かれる記事を見ていると、ヨーロッパ、北アメリカ、南アメリカ、カナダ、アジア、中近東、ロシア、アフリカと、どこの国でもシャネルのファンが必ず沢山いらしゃるのが伝わってきます。

シャネルのスキンケアは合わないけれどコスメは好きとか、コスメは興味ないけれどバッグのコレクターだとか、シャネルをプレゼントされてそれがきっかけでファンになったとか、シャネルのロゴさえあれば何でも欲しいとう熱狂的ファンまで、ファンになったその経過は千差万別な上、ファンの年齢層、職種、生活水準も至ってさまざまなのがシャネルファンの不思議ではないでしょうか。

皆さんもシャネルはお好きですか?どんなきっかけでシャネル・ファンになられたのでしょうか?

一昔前、かなり昔、泉ピンコや林真理子(確か松田聖子もそうだったような記憶がありますが、ちょっと定かではありません)が異常なシャネル・ファンで、”シャネラーズ”という言葉を流行らした時期があったのをご存知なあなたは熟女年齢層。
このシャネラーズのメンツがきっかけでシャネルが嫌いになったという友達もいましたが、ブランドのイメージは買い手、使い手のイメージでアップしたりダウンしたりということも大いにあると言う証拠に、企業がブランディングのために莫大な資金をプロダクトプレースメントやシーディング・マーケティングに費やしているのが今日の広告・PR事情ではないでしょうか。



皆さんご存知のようにシャネル・ブランドはココ・シャネルが作ったブランド。せっかくなので、シャネル・ファンと大手を振って言いたい皆様の為にシャネル入門講座101を、ここで簡単にシャネルの歴史を通じてご紹介させていただきたいと思います。

ココは1883年にガブリエル・シャネルと命名されて誕生、12歳で結核だった母と死に別れし、父に見放され(父の日の記事にたまたまココの経緯を知らずに選んで書いてしまった皮肉に少し心痛みます、ごめんなさい)、姉ジュリアと孤児院に引き取られるという辛く悲しい幼少時代を送りました。

18歳でお針子になり、27歳でパリ、カンボン通りに帽子屋を開き、その後、当時の女性には斬新な男仕立てのデザインの婦人服を作ったのが評判を呼び、店舗を増やし、38歳の時にかの有名な香水シャネルの5番を発表するまでにいたります。

1930年には海の向こうのハリウッドと契約して、映画のコスチュームの製作にも力を注ぎ、コスチューム・ジュエルリーたるものを世に送り出します。

どの店の資金繰りもバックにいたその時代その時代の恋人達の力だったと言われています。その時々付き合う男性からデザインのヒントを得てはそれが大ヒット、ポロの名手からは開襟シャツ風の上着、ロシアの亡命貴族の彼からは毛皮の裏地コートや刺繍をあしらった服、イギリスの大富豪の彼からはツイードを女性服に使うというアイデアをそれぞれ考えつき、モード界を登りつめたころに第二次世界大戦が始まってしまいます。

戦争で店を閉め、戦後もココはスイスでしばらく静かに暮らすことになります。

1950年、マリリン・モンローが”寝るときはシャネル5番以外は一糸も纏わない”という名言を、その時ココは67歳。

71歳の時15年ぶりにシャネル店復活、その後、2色靴やシャネル19番などファッション暦に残る名品をまだまだ作り続けることになります。

1971年、87歳の時ホテル・リッツでココは静かに息を引き取りました。今はスイスの墓地に静かに眠っているココ。

1983年に(株)シャネルはカール・ラガーフェルトを迎え、第3の最盛期を迎えることになります。
coco 4

coco 3

coco 1

coco 2



私のシャネル初体験は、 ブランド物の初体験。

それはChristian Louboutin, Jimmy Choo, Maloano Blahnik, Sergio Rossi, Rene Cavilla, Bruno Frisoni等が無いような時代、靴の有名ブランドはCharles Jordan(シャルル・ジョルダン)が唯一幅を利かせていた靴のブランドだったようなそんな遠い昔の出来事。

ブランド物に興味が無い十代の時、ブランドに疎い父が出張のお土産として持ち帰ったイヤリングがありました。

本日は父の日にちなんで、父とは切っても切れないシャネルのお話、私のシャネルの追憶についてのお話をさせていただきたいと思います。

私は大変厳しい家庭に育って、親に甘えたり、親に甘やかされたりという記憶がありません。
朝は休みの日でも寝坊は禁物、目が開いたら身支度をきちんと済ませて家族一人一人におはよう”ございます”の挨拶から始まり、新聞は父が最初に読む、食事中はテレビを見るなんてもってのほか、会話すら行儀が悪いというので黙々とよく噛んでいただいて迅速に終える、家族でもありがとうではなくてありがとう”ございます”という、祖父母の家ではつねに正座をするといったような、今の時代ではあまり見られないような古典的日本とも言えるような教育方針の家庭に育ちました。

父のいる空間には、張り詰めた空気と緊張感があり、気がつかないうちに背筋を正している自分がいつもありました。

そんな昭和一桁の仕事一筋で生真面目な怖い父がアメリカ出張からもどってある時突然私に手渡してくれたものがあります。

シャネルのイヤリング。

シャネルが今ほど一般的に知られていない時代、私もティーンの端くれになったばかりぐらいの年齢でしたし、シャネルの価値など到底解っていませんでした。その上、このような厳しい環境で育っておりました為、そういうものに価値観を見出さないように教育を受けており、そんな父からの、誕生日でもない日のブランド物のお土産にはかなり驚かされたのを今でもはっきり憶えています。

今から思えば、ただでさえ女の物や好みなんて解らないような父が一人でビバリーヒルズのロデオドライブへ忙しい仕事の合間に出向いて、ブランド店に入り品定めをしたのは凄いことだったのだと思います。
どうやって選んだんだのでしょう?
きっと売り子さんに選んでいただいたのでしょうね。

ですからその時は初めて手にしたイヤリングはシャネルだから大事、というのではなく、そんな父からの贈り物だったからこそものすごく大切だったのだと思います。
だからこそ、この歳になってもシャネルのロゴを見ると人一倍に嬉しく感じてしまうのでしょう。

今でもシャネルはそんな父への思いと重なって、特別なブランドであり続けています。
私にとってはノスタルジックな追憶、それがシャネル。
シャネルをただのブランド以上の意味がある存在にした父に感謝するべきかどうかは別といたしましてのお話ですが...

皆さんにとって特別な意味のあるブランドってありますか?
ブランド名やロゴが象徴するステイタスからくる人気や、ブランドだからの品質やスタイルの特別さや、デザイン云々にかかわらず、携わった人やシチュエーションが”特別”というような、そういうストーリーって何となく素敵ですよね。

Dad gift

Dad gift 2
父からの贈り物Unauthorized use of this photo is prohibited by law.


歳をとって今では好きなことを自由に出来るようになった父はどこかで気持ちにゆとりが出来たせいか、厳しかった私の幼少時代を可愛そうに思うようになったのか、日本限定物で店舗完売のシャネルをネットで購入してくれたりと、近頃では一生懸命に私の趣味のサポートをしてくれているのがひしひしと伝わってきます。

流石にコスメカウンターへ出向くのは70過ぎの男性なので行きづらいのか、ネットで阪急ビューティーを専門に利用してくれているようです。

先月は、日本からのお土産に父が買ってくれたシャネルのコンパクト、オイルブロッター、シルバーのヴェルニを定番にしているので買い置き用に2セット届きました。どれもアメリカでは未発売品。

あなたの娘は、どうやって感謝の気持ちを伝えたらよいのかが解からなくていつも戸惑っているのです。

そんな父からのシャネルの贈り物も嬉しいし、父の哲学の根底でもある”本当の資産は何があっても無くなったり、取られたりすることがありえない教養”だと言って最高の教育を身に着けてもらえたことももちろんありがたい、でも本当は父という一人の人間を知る事が出来るような会話が沢山欲しい、父が何色が好きで何色が嫌いなのかも知らないから、世界経済の行方の話をするよりも、つまらない話を父としてみたいのが娘の願い。

長いようで短くも、短いようで長くもある人生、不思議な縁で親子になった事に感謝して、お互いこの地球の上で残された時間を大切に悔いの無い毎日を過ごせたらと思います。
この先どれだけいっしょにいられるのか解らないような年齢にお互い共なってきているので、残された時間を有意義に使い、お互いにお互いの事をもっと深く理解出来合えたらと願っています。
恐れて尊敬するのではなく、心から愛する父としてより近い存在に感じたいのです。



シャネルのクリップイヤリングを贈られてから、早30年以上の年月が既に経っています、ピアスの耳になった今でも、このクリップイヤリングだけは大切に使っています。
当時は中国製ではなかったのでしょうか、このイヤリング、今でも大変によいコンディションで壊れる様子も色あせる様子も無く、当時のままの美しい輝きを見せてくれています。
あと十数年もして50年経つと骨董品としても認められるのでしょうか、本物のダイヤでも18金でも無い物ですが、次の代に受け継ぐ子孫がいないのが残念に思わせられるそんな一品です。

ノスタルジアな気持ちがいっぱい詰まったシャネルのクリップイヤリング、いつまでも私の大切な宝物です。


話はココにもどりますが、ココがグレート・デーンをこよなく愛し、しかも私の愛するHarlequinを彼女も飼っていたことを去年偶然に知って、益々、シャネルは私の中では特別で不動な存在になりました。

昔私にシャネルを紹介してくれたお父さんありがとう、そしていつまでも元気で長生きしてくださいとしか言えないそんな口下手の娘をお許しください。
近くに暮らしていたら、毎日力いっぱいに父をハッグしてあげたいし、してもらいたい...本当の私はそんなシンプルなことに一番幸せを感じるような人間なのです。

Happy Father's Day, 世界中のお父さん。
Coco and Harlequin

そして戦争に行っているアメリカのお父さん達、早く家族のもとへ無事にもどってこれますように。
Love, Peace and Happiness on this special day.


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