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好きな言葉
- 2007/11/27(Tue) -


 

 

清廉潔白







 




せいれんけっぱく

 

 

私のつぶやき

”どんなに辛い思いをしても世間に染まらないでいられるそんな人が大好き。”

 

 

  • 意 味: 心や行いが清く正しく、私欲・不正など、うしろ暗いところがまったくないこと。
  • 解 説: 「清廉」「清浄」は、心が清く正しいこと。また自分の利欲に心が動かされないこと。「廉」は、清く正しい。「潔白」は、心や行為の清く正しいこと。

 

 

 

 




人生の3割しか日本で暮らしていないと、いくら母国語とは言え、言葉に対する意識が変ってくるものです。

日本語は使い方によってはとても美しい言葉だと思います。

言葉に遊びはあっても、日本語のように言葉に”あや”があったり、雰囲気や余韻がある言語は少ないのではないでしょうか。

長い歴史の中で育まれて来たそんな日本語の良さもこの先時代が変ると共に消え薄れて行く部分も多々にあるかと思うと少し悲しい気持ちにもなります。

外から見ているからこそ感じることの一つ、それは日本語の美しさ。
ブログを書くようになってから特に感じるようになりました。

英語が直球ならば、日本語はカーブとでも言った所でしょうか。
どちらも違った意味で、使い方の難しさがあると思います。

四字熟語は日本語のなかでもっとも”直球”に近く、率直に伝えたいことが伝わるツールなので日本語の中では使い安い言葉のように感じます。

日本語と英語、どちらの言葉も中途半端ではなく、上手く操縦出来るようなオールマイティーな言葉の投手でいられるように、その訓練を怠らないでいられらたらと思います。

コミュニケーションの難しさは最近の世界外交を見ていても感じられます。

”ハートさえ通じていれば”と言うのが真実であるとしたら、家族の中での喧嘩は起こらないはず。

”態度”はさておいて、あらゆるいざこざはやはりミスコミュニケーションから始まるように思えます。

その一旦として毎日言葉を発信する時は色々考えながら使う事が一生の課題にならざるを得なくなるのかもしれません。

我が父を含め、古い日本人は”照れ”から来る”言わなくても解るはず”と思って言葉にしない事柄が多いように思えますが、やはり伝えるべきことは行動だけではなく、言葉にして伝えてもらうと嬉しいものです。
特に暖かい思い等は、日本語らしからぬ超直球で心に飛び込んでくるのも不意を付き、中々ステキだと思います。

言葉は大切に。

We are here on earth for only a short while,
So do't be afraid to express your feelings to your loved ones.
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